皆様、ごきげんよう。人気ゲームライターのどす恋まん花(どすこいまんか)です。
伝説の配達人が再び荒野に降り立つ日がやってきました。小島秀夫監督の最新作『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』。期待に胸を膨らませたポーターも多いことでしょう。かくいう、まん花も例外ではありません。何を隠そう、私は前作および本作を合わせて2000時間という、人生の貴重な時間をすべて「配送」に捧げてしまった、ある種の廃人でございます。
しかし、華々しい高評価の影で、声を荒らげるユーザーたちが存在します。今回はあえて、その「低評価」の声に耳を傾け、このゲームが抱える真の課題を、一人のゲーマーとしての熱量を込めて、丁寧かつ鋭く解剖していきたいと思います。
作品概要

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ゲームタイトル | DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH |
| 発売日 | 不明 |
| 開発元 | コジマプロダクション |
| 総レビュー数 | 17,477件 |
| 評価内訳 | 高評価: 16,776 / 低評価: 701 |
| 好評率 | 96% |
| 平均スコア | ★★★★★ (4.8) / 5.0 |
| 日本語対応 | 対応済み |
| 概要 | 繋がりを失った世界を再び繋ぐ、伝説の配達人サム・ポーター・ブリッジズの新たな旅を描くオープンワールド・アクション。 |
| 対応機種 | PC (Steam) |
データが示す不満の傾向

本作の好評率は96%という驚異的な数字を叩き出していますが、残りの数パーセントに含まれる「低評価レビュー」は、決して無視できるものではありません。不満の内訳を見ると、もっとも多いのが「ストーリー/テンポ」に関するもので、全体の約3割を占めています。
なぜ、物語を重視する小島作品において、これほどまでの不満が噴出したのでしょうか。それは、前作の「孤独な戦いと静寂の美学」を愛したファンほど、今作の「演出の過剰さ」や「構造の焼き直し」に失望しているからに他なりません。物語の核心を突くようなネタバレは避けますが、今作のストーリーは、どこか「自分自身の過去作のパロディ」に陥っている側面があるのです。
特に、前作の感動的な構造をほぼそのままトレースしたような展開は、一部の熱狂的なファンにとって「デジャヴ」を超えて「退屈」へと変わってしまいました。また、カットシーンが冗長であるという指摘も根深く、プレイ時間の多くが「コントローラーを置いて画面を眺めている時間」になってしまっている点は、ゲームとしてのバランスを欠いていると言わざるを得ません。
ここで、150時間近くをこの世界で過ごし、絶望したあるユーザーの悲痛な叫びを紹介しましょう。
(プレイ時間: 149時間) 无法和解 实际中评,但是竟然把死搁都做得让人想打中评那只能给红评了。一代540LLL+二代400LLL&全里程碑达成……二代却没能成功复刻一代中具有冲击力的角色章节体。既要保留旧角色又不给予足够篇幅和笔力描写新角色导致大部分环节的情感建立都很微妙。……结局的冥滩战则完全是喜剧级别。这样的结构来一次我还能暗叹岛式幽默配合一笑,再来一次依然是这几板斧作八股プレイヤー就得嘀咕难道你只会做这种叙事吗……
(日本語訳:和解できない。実質的には中評価だが、デスストをここまで中評価にしたくなるデキなら、赤評(低評価)を付けるしかない。前作も今作もやり込み、全実績を解除した。……しかし2代目は前作のような衝撃的なキャラクター描写を再現できていない。旧キャラを維持しつつ新キャラを掘り下げる筆力が足りず、感情移入が微妙なまま進む。……結末のビーチ戦はもはや喜劇だ。この構造は一度なら島式ユーモアとして笑えるが、二度も同じ手口を見せられると、「これしかできないのか」と愚痴りたくなる。)
このレビュアーが指摘するように、「前作の成功体験という呪縛」が、開発チームの創造性を縛り付けてしまったのかもしれません。
同じような展開、同じようなボス戦の配置。それは「様式美」と言えば聞こえはいいですが、変化を求めるゲーマーにとっては「進歩のなさ」として映ります。特にストーリーのテンポが、過剰な説明台詞や設定資料の洪水によって阻害されている事実は、どす恋まん花の目から見ても、擁護しきれない部分があります。
本作の物語は、前作の「静謐な孤独」を、自らの手で騒がしい「娯楽大作」へと解体してしまった。
不満の元凶「First」の分析

次に、頻出単語データに目を向けてみましょう。最も多く使われている言葉は「First」、つまり「1作目」です。これは、本作がいかに前作と比較され、そしてその比較に苦しんでいるかを象徴しています。
低評価を付けたユーザーの多くは、この世界に指紋がなくなるほど没頭した経験を持つ人々です。彼らが「First」という言葉を使う時、それは「1作目の方が純粋だった」「1作目の方が挑戦的だった」という、ある種の郷愁と失望が混ざり合っています。今作で追加された多くの要素——例えば、より強力な武器や便利な車両、そして「オーストラリア」という広大な新マップ。これらは一見すると進化に見えますが、皮肉にも「デス・ストランディング」という稀有な体験の核を成していた「不自由さの楽しさ」を奪ってしまったのです。
前作では、一歩一歩、地形を確認しながら進むこと自体が遊びでした。しかし今作では、序盤から高性能な車両が手に入り、道も平坦になり、さらには戦闘要素が大幅に強化されています。これにより、ゲームの性質が「瞑想的なウォーキングシミュレーター」から「一般的なオープンワールド・アクション」へと変質してしまいました。
ここで、163時間プレイしたユーザーの、辛辣ながらも納得せざるを得ない意見を見てみましょう。
(プレイ時間: 163時間) Gameplay is significantly streamlined and dumbed down. Sam’s easier to control, vehicles become available pretty early (and easier to control), the terrain isn’t as rough as in DS™1, etc. ……The story™ is gobbledygookish dream of an almost-dead dog with Kojiarmo in high heels jumping gleefully on its skull.
(日本語訳:ゲームプレイは著しく簡略化され、単純化された。サムの操作は簡単になり、車両はかなり早い段階で利用可能(しかも操作しやすい)、地形は1作目ほど険しくない。……ストーリーは、ハイヒールを履いたコジマが、死にかけの犬の頭蓋骨の上で楽しげに飛び跳ねているような、支離滅裂な夢のようだ。)
このレビュアーが語るように、利便性の追求が、ゲームのアイデンティティを薄めてしまったという指摘は非常に鋭いものです。
「First(1作目)」で私たちが感じた、険しい山を越えた先に見える絶景と、そこに流れる音楽による「澄み渡るような瞬間」。あの感動は、不自由さと苦労があったからこそ成立していました。今作では、効率を重視するあまり、その「魂の浄化」とも言える体験が希薄になっています。どす恋まん花も、人生の半分を捧げたこのシリーズにおいて、まさか「移動が作業に感じてしまう」日が来るとは思いもしませんでした。
「便利さ」という名の毒薬が、このゲームから「一歩の重み」を奪い去ってしまった。
ユーザーが直面する現実
では、実際にコントローラーを握ったプレイヤーが体験する「現実」とはどのようなものでしょうか。それは、前作以上の「虚無」と「理不尽」のループです。
特に問題視されているのが、新マップであるオーストラリア編の構成です。一部のユーザーからは「アセットが使い回されている」「スカスカで変化に乏しい」という声が上がっています。車両での移動が前提となっているためか、徒歩で探索する喜びがデザインされておらず、単にA地点からB地点へ、トラックを走らせるだけの時間が続きます。
さらに、マルチプレイ要素(非同期オンライン)においても、問題が発生しています。高レベルのプレイヤーが作った建築物が、新規プレイヤーのワールドに氾濫し、親の顔より見た画面であるはずの荒野が、意味のない「橋」や「看板」で埋め尽くされているのです。これは「繋がり」をテーマにした本作において、皮肉にも「他人の存在がノイズになる」という最悪の結果を招いています。
あるプレイヤーは、この状況を「精神的なDLC」と呼び、30時間でギブアップした理由をこう語ります。
(プレイ時間: 30時間) The landscapes are mostly flat and easy to traverse. None of the environmental problem solving and mountaineering is present in this game. ……The game plays more like MGS V The Phantom Pain more than actual Death Stranding. ……I really, REALLY don’t want to drive across these flat landscapes anymore.
(日本語訳:地形はほとんど平坦で、移動が簡単すぎる。前作にあったような環境的な問題解決や登山要素は皆無だ。……このゲームは、実際のデス・ストランディングというより、MGS V(メタルギアソリッド5)をプレイしているような感覚に近い。……私はもう、この平坦な風景の中をドライブしたくないんだ。本当に。)
このレビュアーの言葉通り、過剰なまでの「カジュアル化」が、コアなファンを突き放す結果となっています。
前作で、崖にハシゴをかけ、ロープで谷を降りたあの緊張感。泥にまみれ、荷物を守り抜いたあの達成感。それらは今作では、ボタン一つで解決する「ただのイベント」に成り下がってしまいました。また、PC版においては最適化不足やバグも散見され、スタッタリング(カクつき)によって没入感が削がれるという物理的なストレスも無視できません。
また、敵対勢力のAIや戦闘バランスも、一部では「理不尽な難易度」と評されています。最高難易度「To The Wilder」では、ボスの体力が異常に高く設定されており、もはや配送ゲームではなく「弾薬を注ぎ込むだけの虚無なシューティング」と化しています。
本作は、孤高の芸術作品であることを辞め、大衆に媚びた「平坦なアトラクション」へと変貌してしまった。
それでも支持される理由
ここまで厳しい意見を連ねてきましたが、それでも本作の好評率が96%であるという事実は揺らぎません。なぜなら、これほどまでの欠点を抱えながらも、このゲームには「他では絶対に味わえない唯一無二のコジマ成分」が充満しているからです。
まず、グラフィックと演出のクオリティは、現世代のゲームの中でも間違いなくトップクラスです。キャラクターの表情、衣服の質感、光の反射。それらすべてが、実写と見紛うほどの解像度で迫ってきます。特にフォトモードで撮影を始めれば、時間が光の速さで溶けていくのを感じるでしょう。
そして、音楽の使いどころです。Low Roarの楽曲が再び流れる瞬間、多くのプレイヤーは「ああ、やっぱりこの世界が好きだ」と再認識させられます。たとえ道が平坦になったとしても、音楽と映像がシンクロし、サムの背中を見守るあの感覚。それは、小島秀夫という一人の作家にしか作り得ない、魔法のような時間なのです。
また、利便性の向上を「快適さ」として好意的に受け取っている層も厚いです。
「前作は歩くのが苦痛で挫折したけれど、今作はスムーズに進めるから楽しい」という意見は、新規ファンやライト層にとっては正当な評価と言えます。ゲームとしての窓口を広げ、より多くの人に物語を届けようとした結果が、この96%という数字なのでしょう。
不満を持っているのは、私のように「不自由な苦行」を愛してしまった一部の変態(褒め言葉です)だけであり、大多数のプレイヤーにとっては、これ以上ないほど贅沢で、遊びやすいエンターテインメント作品に仕上がっているのです。
「小島監督がやりたい放題やっている」という状況そのものを祝福し、その狂気じみたディテールを楽しむ。それこそが、このゲームの正しい嗜み方なのかもしれません。
欠点すらも「作家性」という名のスパイスに変えてしまう、圧倒的なビジュアルと体験の暴力。
最終評価と購入ガイド
さて、どす恋まん花としての結論をお伝えしましょう。
『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』は、「最高級の食材を、あえてジャンクな味付けで調理したフルコース」のような作品です。1作目が持っていた研ぎ澄まされた刃のような鋭さは失われましたが、その分、豪華で、派手で、誰でも満腹になれるボリュームがあります。
もしあなたが「前作こそが至高であり、一歩の重みに命を懸けたい」というストイックなポーターなら、今作のカジュアルさに肩透かしを食らうでしょう。しかし、「小島監督の描く壮大な物語と、美しい世界にどっぷりと浸かりたい」という方なら、これ以上の体験はありません。
低評価レビューに書かれていることは、すべて真実です。しかし、高評価レビューに書かれている熱狂もまた、真実なのです。
✅ 購入をお勧めする人
- 小島秀夫監督の演出、世界観、そして「作家性」そのものを愛してやまない人
- 前作の移動の難しさに挫折したが、物語の続きがどうしても気になる人
- 現世代最高峰のグラフィックと、豪華キャストによる映画的体験を求めている人
❎ 購入を避けるべき人
- 前作のような「地形攻略のパズル要素」や「孤独なサバイバル感」を最重視する人
- 冗長なカットシーンを嫌い、常に自分の手でキャラクターを動かしていたい人
- 効率化されたシステムや、強化された戦闘要素に「デスストらしさ」を感じられない人
配送の旅は、まだ始まったばかり。あなたがどの道を選ぶのか、どす恋まん花は楽しみにしています。
執筆:どす恋まん花

