こんにちは、ゲームの海で溺れ、コントローラーと共寝するライター、どす恋まん花です。
本日取り上げるのは、圧倒的な好評率を誇り、巷では「涙なしには語れない神ゲー」と称賛されている『マイリトルパピー』。まん花はこの作品を2000時間やり込み、文字通り犬たちの尻を追いかけ続けてきました。
しかし、Steamの評価欄をじっくりと眺めてみれば、98%という驚異的な支持率の裏側に、わずか2%ではありますが、痛烈な「低評価」の叫びが刻まれています。この2%には、単なるクレーマーではない、熱心な愛犬家やゲーマーたちの「悲痛な抗議」が詰まっているのです。
今回は、一人の廃人ゲーマーとして、そしてデータ重視のライターとして、なぜこの愛くるしいゲームが一部のプレイヤーを激怒させたのか。その核心に、まん花が鋭く切り込んでいきたいと思います。
作品概要

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ゲームタイトル | マイリトルパピー |
| 発売日 | 不明 |
| 開発元 | 不明 |
| 総レビュー数 | 3,489件 |
| 評価内訳 | 高評価: 3,409 / 低評価: 80 |
| 好評率 | 98% |
| 平均スコア | ★★★★★ (4.9) / 5.0 |
| 日本語対応 | 不明 |
| 概要 | 概要取得失敗 |
| 対応機種 | PC (Steam) |
データが示す不満の傾向

本作の不満カテゴリの内訳を見ると、「ストーリー/テンポ」が23件と、不満の約3割を占めています。一見すると、感動ストーリーを売りにしている作品で、なぜこの部分が槍玉に上がるのでしょうか。それは、本作が掲げる「天国」という舞台設定と、実際のゲーム体験が持つ「殺伐とした空気」の致命的な乖離にあります。
天国という名の「地獄の沙汰」
多くのプレイヤーがこのゲームに求めていたのは、虹の橋を渡った愛犬たちが、暖かな陽だまりの中で安らかに過ごす姿だったはずです。しかし、蓋を開けてみればそこには、こちらの命を虎視眈々と狙うエネミー、凶暴な熊、そして謎の悪意に満ちた仕掛けが待ち受けていました。
まん花が思うに、この「思っていたのと違う」という裏切りこそが、低評価の最大の火種となっています。感動を誘うためのスパイスとして「困難」が必要なのは理解できますが、それが「天国なのに殺される」という設定矛盾を引き起こしており、プレイヤーの没入感を著しく阻害しているのです。
特に、ゲームデザインが「癒やし」と「アクションの不快感」の間で引き裂かれています。感動的なムービーを見せられた直後に、操作性の悪いアクションを強要され、失敗すればワンちゃんが酷い目に遭う。このジェットコースターのような情緒の揺さぶりは、愛犬家にとっての拷問に近いと言えるでしょう。
期待と現実のミスマッチが生む悲劇
不満を抱くプレイヤーの多くは、単に「ゲームが難しい」と言っているわけではありません。彼らは、自らの愛犬を投影したキャラクターが、理由もわからず暴力に晒され、悲鳴を上げる姿を見たくないのです。プレイヤーが求めていたのは「安らぎ」であり、開発者が提供したのは「理不尽な試練」を伴うアクションゲームだったという、需要と供給のミスマッチがここにあります。
特に、中盤から後半にかけての展開は、感動を通り越して「エモさの押し売り」と感じる層が一定数存在します。キャラクターの背景に虐待や自殺といった重すぎるテーマを無造作に放り込む姿勢は、物語に深みを与えるどころか、いたずらにプレイヤーの精神を削り取る結果となってしまっています。
(プレイ時間: 4時間) クリア済み。 現在犬を2頭飼っている身として、感動しつつもそれ以上に気になる点が多かったためバッド評価です。 ……天国が舞台なので基本平和なのかと思いきや、普通にこちらの命?を奪おうとする敵がたくさんいる。そんな殺伐としたゲームがやりたくて買ったのではない……ワンちゃんが殴られたり蹴られたり、(天国のはずなのに)殺されたような状態になったりと愛犬家こそ見たくないようなシーンが結構ある。なんでそんなことするのか
本作を生涯の伴侶としてコントローラーを握りしめたまん花の目から見ても、この「天国設定の形骸化」は擁護しきれない部分があります。敵の存在理由が不明確なまま、ただゲームとしての体をなすために「障害物」として配置されているため、ストーリー重視のプレイヤーほどその不自然さに声を上げているのです。
天国という聖域を、拙いアクション要素が穢している。
不満の元凶「主人公」の分析

頻出単語のトップに君臨するのは「主人公(29回)」。これは一見すると主役への愛着の表れに見えますが、低評価レビューにおいては「操作対象としての主人公」へのフラストレーションを指しています。
究極のモデリングと最低の操作感
本作の主人公、すなわち操作するワンちゃんのグラフィックは、間違いなく現世代最高峰です。毛並み、耳の揺れ、肉球の質感。まん花も親の顔よりこのエンドロールを見た経験から断言しますが、見た目に関しては文句のつけようがありません。
しかし、その「神モデリング」が、プレイヤーのストレスを加速させる皮肉な結果を招いています。あまりにもリアルで愛らしいからこそ、操作ミスによってワンちゃんが氷漬けになったり、高いところから落下して悲鳴を上げたりするたびに、プレイヤーの心には鋭いナイフが突き立てられるのです。
さらに、操作性の悪さがその傷口を広げます。慣性が働きすぎる移動、判定のシビアなプラットフォーム、そして頻発するQTE(クイックタイムイベント)。「もっとこの子と自由に触れ合いたい」という欲求は、開発者が用意した「指示通りにボタンを押せ」というシステムによって無残に封じ込められています。
コミュニケーションの欠如という不全感
犬を愛する人々が最も望んでいたのは、犬との対話です。しかし、本作における主人公とのコミュニケーションは、ほぼすべてが固定のムービーシーンで完結してしまいます。
自主的に「お手」をしたり、ボールで遊んだりといったアクションは乏しく、プレイヤーはただ「決められた線路の上を走る犬」を見守る機械に成り下がってしまう。この「主導権のなさ」が、頻出単語に「主人公」を押し上げました。「自分が愛犬を操作している」という実感よりも、「開発者の作ったマリオネットを動かされている」という感覚が強いのです。
また、不満レビューの中には、主人公の行動原理に対する疑問も多く見られます。なぜ天国で大人しく待たず、危険を冒してまで迎えに行くのか。その献身さを「美しい」と捉えるか、「自分勝手な行動」と捉えるか。この解釈の分かれ目が、主人公への評価に直結しています。
(プレイ時間: 5時間) ……しかし、頻発するQTEや、アクション難易度が少し高く、一回でもミスがあると、落下したり、敵に捕まってしまう。そんな度にワンちゃんの悲痛な姿や悲鳴、更には氷漬けの姿が出てしまう。そんな姿を見たくてこのゲーム購入したわけではない。
脳細胞の一つ一つにコードが書き込まれるほどプレイし尽くしたまん花であっても、この「犬の悲鳴」への忌避感は理解できます。ゲームとしての緊張感を持たせる手法は他にもあったはずですが、本作は最も安易で、かつ愛犬家にとって最も有害な「動物の苦痛」を選択してしまいました。
可愛すぎるがゆえに、その苦悶がプレイヤーの精神を破壊する。
ユーザーが直面する現実

ここでは、低評価を下したプレイヤーたちが実際に体験した「悪夢」について、より解像度を高めて記述していきます。彼らが直面したのは、涙を誘う美しい再会シーンだけではありませんでした。
氷の檻と理不尽な死
多くの低評価プレイヤーが挫折のポイントとして挙げているのが「雪山ステージ」です。ここでは氷の上を滑るというアクションゲーム特有のギミックが登場しますが、本作の調整は決して親切とは言えません。
わずかな操作ミスで崖から滑り落ち、暗転する画面。そこには「死んだはずの天国で、さらに死を想起させる演出」が待っています。あるプレイヤーは、溺れ、凍りつき、熊に襲われる愛犬の姿を何度も見せられた末に、コントローラーを置きました。
この「死の反復」は、ゲームとしてのやり応えを提供しているつもりなのでしょうが、本作のテーマとは致命的に噛み合っていません。むしろ、プレイヤーが愛犬に対して抱いている「もう二度と苦しんでほしくない」という祈りを踏みにじる行為に他なりません。
「ぬいぐるみ格ゲー」という迷走
さらに、多くのプレイヤーを困惑させたのが、後半に登場する特定のギミックです。大切な思い出が詰まったぬいぐるみが、なぜか巨大化し、犬と格闘ゲームのようなバトルを繰り広げるシーン。
シリアスで感動的な物語を追いかけていたプレイヤーにとって、この突然の「ジャンルの変節」は、冷や水を浴びせられたような衝撃でした。コマンド入力による暴力の行使。それは、これまで積み上げてきた情緒的な体験を根底から覆す、悪趣味な演出と受け取られても仕方がありません。
指紋が摩滅して平らになるまで本作を遊び倒したまん花ですら、あの格ゲーシーンだけは「正気か?」と首を傾げざるを得ませんでした。開発者の「遊び心」が、プレイヤーの「敬虔な想い」を置き去りにして暴走してしまった瞬間です。
言語を超えた悲痛な叫び
この不満は日本国内に留まりません。海外のプレイヤーもまた、この「美しさと醜悪さの混在」に困惑しています。
(プレイ時間: 2時間) 如果抛开狗狗题材,其实就是一部平庸的作品……动作很僵硬,然后很多关卡真的是又臭又长,比如上雪山……手感也太割裂了。
(日本語訳:犬という題材を差し引けば、実際には凡庸な作品だ。動作は非常に硬く、雪山のような多くのステージは無駄に長く退屈だ。操作感が非常にバラバラで、なぜこのような場所で難易度を上げるのか理解できない。)
世界中のプレイヤーが、このゲームの持つ「不器用な牙」に傷ついています。感動を強制するための装置として、犬という存在が消費されているように感じてしまう。それが、2,000時間プレイしてもなお、まん花の心に刺さっているトゲの正体です。
感動という甘い毒を盛るために、犬たちの尊厳が犠牲になっている。
それでも支持される理由

ここまで批判的な側面を強調してきましたが、それでも本作の好評率が98%であるという事実は揺るぎません。なぜこれほどまでに不満が噴出しているのに、多くの人は「高評価」を投じるのでしょうか。
「失った魂」への究極のセラピー
本作の最大の功績は、ペットを亡くした経験を持つ人々に対し、ある種の「救済」を提示したことです。「うちの子も、天国でこうして私を待っていてくれるのかもしれない」。その幻想を、最高峰のグラフィックで見せてくれる体験は、何物にも代えがたい癒やしとなります。
たとえアクションが拙くても、ストーリーに矛盾があっても、「愛犬と再会できた」というラストの爆発的なカタルシスが、それまでの不満をすべて洗い流してしまうのです。人間は、最後に強い感動を味わうと、途中の苦難を「必要なプロセスだった」と美化する性質があります。
まん花も、呼吸するのと同じ感覚でキーを叩きながら、何度も涙を流しました。特に、生前の断片的な記憶が水彩画のように流れる演出は、誰もが胸の奥にしまっている「あの日の思い出」を優しく刺激します。この「記憶の追体験」こそが、本作を神ゲーへと押し上げている魔法なのです。
愛犬家による、愛犬家のための「愛」の結晶
開発チームの犬に対する執念は、そのモーションの作り込みを見れば明らかです。走り出す前の予備動作、首を傾げる角度、喜んだ時の尻尾の回転速度。これらは、真に犬を観察し、愛している者にしか作れないものです。
低評価レビューの中には「犬好きが作ったとは思えない」という声もありましたが、まん花は逆に「犬を愛しすぎて、その苦難さえも神格化しようとしてしまったのではないか」と感じます。愛が深すぎるゆえの、歪んだ表現。それもまた、この作品の持つ剥き出しの熱量なのです。
不完全で、残酷で、それでもなお美しい。
この矛盾を受け入れられるかどうかが、本作を「一生の宝物」にするか「返金レベルのクソゲー」にするかの分かれ道となります。
不満を凌駕する「純粋な愛」が、98%の涙を支えている。
最終評価と購入ガイド
さて、自分の名前を忘れてもこのマップは忘れないほどに本作を極めた「どす恋まん花」の結論です。
『マイリトルパピー』は、万人向けの完璧なゲームではありません。むしろ、非常に人を選ぶ、鋭利な刃物のような作品です。あなたが犬に対して抱いている愛の形、そしてゲームに求めるストレス耐性によって、その評価は180度変わるでしょう。
購入を検討している方は、以下のチェックリストを参考にしてください。
✅ 購入をお勧めする人
- ペットとの別れを経験し、その魂が幸福であることを願っている人。
- ゲーム性よりも、圧倒的なビジュアル表現と「泣ける体験」を重視する人。
- どんなに理不尽なQTEや操作性でも、愛犬のためなら耐えられる忍耐強い人。
❎ 購入を避けるべき人
- 犬が傷つくシーン、悲鳴を上げるシーンに強い拒絶反応がある人。
- 「死後の世界」において、さらに殺伐とした戦闘や死を経験したくない人。
- 洗練されたアクション性や、論理的で整合性の取れたシナリオを求める人。
最後に。このゲームをプレイして流す涙は、本物です。しかし、その涙の裏に「不快感」という泥が混じっていることもまた、無視できない事実なのです。それを踏まえた上で、あなたは虹の橋の向こう側へ行く勇気がありますか?
以上、どす恋まん花がお送りしました。
執筆:どす恋まん花
